駒込の六義園 和歌の趣が今に残る大名庭園を散策!

   2017/09/02

こんにちは、みらじです。

このところ、東京の名所の散策がとてもお気に入りになっている私。天気予報では昼前後から雷雨らしいのですが、怪しくなってきた雲行きの中、駒込の六義園へ行ってきました。(家から一時間もかからない場所なのに、一度も来たことがありませんでした。駒込駅に降り立つことがなかったもので・・)

JR山手線「駒込」駅を下車・・・駅前はすぐ道路(本郷通り)。渋谷とか新宿、池袋などの繁華街の駅とは、やはり趣が違いますね。

「駒込」駅を背にして、本郷通り沿いを不忍通り方向に2分ほど歩くと信号に「文京区」の看板が・・この先が文京区で、こちら側が豊島区。ちょうど区の境目。そして、右手に見えているのが六義園の染井門。

ここ(染井門)が入口かぁ!意外と駅から近くていいねっって思ったら、門は閉じられたまま・・・看板をよくよく見てみたら正門入り口は、本郷通りに沿って5分ほど歩き、不忍通りの交差点の手前を右に入るところにあるようです。

とりあえず、六義園の様子だけが分かる展示物に目を通してみます。結構広そうだ・・直観的にそう思いました。

結構すごい庭園だということがうかがえるインフォメーション。

再び本郷通り沿いを歩き続けます。曇っていても、気温は朝から32℃を越えていたので、この時の気温は34℃ぐらい。湿度が高いこともあり少し歩いただけでシャツは汗でびっしょり。おまけに雨が降り出しそう。

染井門のインフォメーションにあったとおり、入り口の印がありました。「特別名勝」・・期待できそう。でも目印がこんなに小さいとはびっくりしました。

目印のところを右の路地に入り約150メートルほど入ると、レンガの果てしなく長い塀に囲われたところに正門があります。この光景自体がこれから現れるであろう都会の異空間を感じさせます。

入り口からすぐに背の高い木立と深い緑がお出迎えしてくれました。

入園料は300円・・・さすが公営、安いです。

入園するとすぐ左手に、茶屋を連想させるこんな洒落た腰掛が。

腰掛の向かい側には、六義園についての詳しい説明書きがズラリ・・・

駅から同じ方向に歩いてきたのが、凄い望遠カメラを肩から下げた外人の年配のおじさん。やはり六義園が目的地だったらしく、念入りに説明書きに見入ってました。先日訪れた浜離宮恩賜公園もそうでしたが、日本各地の名勝地は外人さんたちがとてもたくさん訪れているみたいですね。

六義園を作ったのは、徳川五代将軍綱吉公の側用人で川越藩主だった柳沢吉保。その肖像画です。徳川の権勢を自由に操った人物としてのイメージが強く、あまり好印象を持たれていなかった人物のように伝えられているようですが、元禄文化の雅さの元は、この人が発信者だったのかもしれません。万葉集や古今和歌集などの文芸に精通していた柳沢吉保は、それら和歌が数多く詠まれた和歌山県の和歌の浦の風光明媚な様をイメージして、この六義園造営の基本テーマにしているようです。そして、造営に当たっては、細部にわたって自ら指示を出しているそうです。

これが、庭園への入り口となる内庭大門、決して大きくありませんが、木々の間にひっそり構える姿が、何とも情緒があっていいと思います。

内庭大門をくぐると、たくさんの腰掛が並んでいますが、ここが、六義園の見どころの一つ、「しだれ桜」です。さすがに、秋を迎えようとする夏の暑い季節ですので、桜もないですが・・・

内庭大門をくぐってからも左手にいろいろな説明があり、その先に竹垣の門が見えています。あそこを入るといよいよ絶景なのかな・・・

この竹垣の門も趣ありますねぇ~。外人さんなどは、こういうのにかなり興味を抱くんでしょうね。

出ました。大都会とは思えないこの景色・・浜離宮庭園と違って何十階もの高層ビルが視線に入らない分、都会の中の異空間としてのイメージが強くなりますね。

夏の終わりだというのに、蝉がシャワシャワと凄いです。奥に見えているのが宣春亭という建物。元わかもと本舗社長の世田谷の庭園の茶室だったものを昭和38年にここに移築したものだそうです。

怪しかった雲行きも一瞬の晴れ間をくれました。(でも暑い・・) 右手に大泉水という大きな池が現れ始めました。素晴らしい光景です。

ザ・日本庭園って雰囲気出てますね。 アッ!惜しい!向こうにマンションの頭の部分が見えてる。あれがなければパーフェクトなのに・・・

池の中ほどにある妹山・背山という島は田鶴橋という緩やかな傾斜の太鼓橋でつながれていますが、一般開放されておらず渡ることはできません。

大泉水・・思ったよりもかなり広く感じます。クソ暑い季節でなければ、ず~っと見ていたい光景です。

こちらが心泉亭、明治維新後六義園を買い取った三菱財閥の祖岩崎弥太郎が建てたそうですが、戦火で失われ、今あるのは昭和25年に再建されたものだとか。

それにしても、手入れの行き届いた庭園が素晴らしい。

奥へ進めば進むほどセミのシャワシャワに加えて野鳥のさえずり声が・・・都会の喧騒なんて微塵も感じられません。

うっそうとした森の中に突如現れる滝見茶屋。昼間でも提灯型の電灯が灯されています。

滝見茶屋の中でしばし休憩・・・正面に見えるのが水分石。和歌山の紀ノ川上流の景色をイメージして作られたいるみたいです。流れを分ける水分石から聞こえてくるせせらぎの音が何とも心地いいです。

滝見茶屋から大泉水の池の方を臨むと千鳥橋というゆる傾斜の太鼓橋が見えます。中々の景色で、絵になりますね。

千鳥橋の上から滝見茶屋を見るとこんな感じです。

千鳥橋の上から大泉水がこんな風に見えます。静かな水面に心が吸い寄せられるようです。

踏み石が綺麗に配置された通路を進むと、さらに背の高い木立に覆われて・・・でもよく整備されていますので、一人で歩いても怖くないし、逆に気分爽快です。

やがて現れたのが、大泉水のほとりに威厳たっぷりに立つ吹上の松。柳沢吉保が六義園築庭当時に配置した赤松の老木で、六義園の見どころの一つといわれています。

吹上の松の先には、六義園を買い取った三菱財閥の祖岩崎家が熱海の別荘から移築した吹上茶屋があります。戦火、その後の火事により失われたものを再築して、今は来園者が休憩してお茶や羊羹などを楽しむ憩いの場所になっています。

吹上茶屋を横目に更に細い小径を奥へ奥へと・・途中、熊でも出てくるのではと思うほどの両側が深い笹の林になっている通路を抜けると、そこに現れるのは小高い丘に上に造られたつつじ茶屋。

つつじ茶屋の中は、柱だけで屋根を支えている構造なので、暑い時間帯でしたが、涼しい風が通り抜けてとても気持ちいい空間。ここで休憩しながらtwitterでつぶやきました。

つつじ茶屋を後に、さらに深い森の中を歩く気分で進みます。目の前に見えるのが山陰橋。橋の向こうは大きな築山になっている藤代峠。つつじの季節はとてもきれいだそうです。

大泉水の水が剡渓流という川のようになっていて、藤代峠を囲っています。河童が出そうな淵のようです。とにかく聞こえてくるのは蝉のシャワシャワと鳥のさえずりだけ。

またもや雲行きがちょっと怪しくなり始めました。この先は二股に別れ、右へ行けば藤代峠の蛛(クモ)道、来た道を引き返すような感じになります。左に回れば、右手に小高い芦辺茶屋跡を見ながら渡月橋の方へ・・・雨が間もなく降る予感があったので、左を選ぶことに・・・

小高い丘に、昔は芦辺茶屋という茶屋が作られていたそうです。ここからは、剡渓流と大泉水をの間に掛かっている渡月橋が臨めます。この景色結構好きですね。

渡月橋から、大泉水のほとりを歩いて再び涼風に癒されます。

大泉水が一望できる、ほぼ出口に近い休息所へ立ち寄ってみました。

解放された休息所の売店からは、緑深い大泉水の周りの様子が、高い木立越しによく見えます。

かき氷にするかどうしようか迷った挙句、しばらく食べてないところてんをチョイス!何年ぶりだろう・・・
そうこうしているうちに、やはりポツポツと雨が降り出してきましたので、ところてんを食べた後は、足早に駅まで向かいました。今日の天気予報は雷雨だったので、身動き取れなくなると困りますからね。(本当は、あと一時間ぐらい隅から隅まで見てきたかったです。また秋に来ようかな)

足早に駒込駅まで戻ってきたら、相変わらず雲行きは怪しいんだけど、降り出したと思った雨は止んでしまい、なんかとても残念・・・駅の反対側には古川庭園もあったなと思い、15分ぐらいかかるけど行ってみるかと気を取り直して歩き始めたんですが、またもや雨がポツポツと・・・結局取りやめることにしました。でも、駅の横の交番の脇にこんなものを発見しました。昔の駒込橋の欄干・・・こういうのが残っているのってとてもいいと思います。

それと、昔のコメディホームドラマ「時間ですよ」を思い出すような銭湯・・・これには、思わずシャッターを切ってしまいました。

ということで、大都会のまさにオアシス、六義園は、ほんの一時ではありますが、日常から解き放たれた心休まる異空間を満喫できる場所だとわかりました。一度行ってみてはいかがでしょうか。

8月のお盆前に散策してきた新橋の浜離宮恩賜公園も良かったですよ。

浜離宮恩賜庭園!真夏の大都会のオアシスを満喫してきました。

 

 

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