寺尾聰!「ルビーの指輪」がお経?父に似てきた?出演作の記憶は?

 

こんにちは、みらじです。

今回は、若い時に「ルビーの指輪」を大ヒットさせ、最近は父の宇野重吉さんに段々似てきたように思える寺尾聰さんについて、「ルビーの指輪」がお経?ってエピソードや、出演作の記憶などを調べながら思い起こしてみたいと思います。

他の多くの方が書いているブログと違い、あくまで、自分の昔の記憶を辿りながらの感想文みたいなものなので、私にはあまり興味がない「奥さんが誰だ」とか「離婚歴がどうだ」とかの、いわゆる週刊誌ネタのような内容がお知りになりたい方向けの記事ではありません。予めご了承ください。

 

 昭和の大ヒット曲「ルビーの指輪」がお経?

寺尾聰さんが、短めのおかっぱみたいな髪型(あのヘアスタイルはなんていうんだろう)で、不透明度が高い四角い黒サングラスをかけ、キャメル色のラフなジャケットとストレートデニムのパンツという出で立ちでベースギターを肩から下げて、数々の歌番組に出演していた1980年初めの頃。

そう、「ザ・ベストテン」(TBS)では、12週連続一位を記録した昭和の大ヒット曲「ルビーの指輪」は、誰あろう寺尾聰さんが作曲(作詞は松本隆さん)。そして自らが歌って全国的に有名にした曲です。(今でもカラオケなどで私のようなオジサンによく歌われている曲です)

当時、寺尾聰さんは、石原裕次郎さん率いる石原軍団(石原プロモーション)に所属、大人気刑事ドラマ「大都会パートⅢ」に続き「西部警察」にも刑事役(リキ)でレギュラー出演しており、既にお茶の間の人気者になっていたんです。

黒サングラスに44マグナムかな?銃身の長いけん銃を携えて活躍していた刑事の松田猛(愛称リキ)が、そのまま歌のステージに、けん銃ではなくベースを持って現われたもんだから、ある意味衝撃的でもありましたね。(当時を知らない世代の人には、分かりにくいだろうなぁ・・)

そして、たちまち爆発的にヒット曲になった「ルビーの指輪」ですが、リリースする前に石原軍団の内部からダメ出しがあったというエピソードがあるそうです。

石原軍団は、亡石原裕次郎さんが率いていたことは既述しましたね。ド派手な爆破シーンやアメリカドラマ顔負けの銃撃シーンなどを多用する刑事ドラマを次々に作成して、当時は正に飛ぶ鳥落とす勢いでしたが、石原軍団の運営面で石原裕次郎さんの片腕だった小林正彦専務が「ルビーの指輪」を聞いて「こんなお経みたいな曲が売れるわけがない」とリリースに消極的な姿勢だったといいます。

コマサの愛称で呼ばれていた小林正彦専務は、石原軍団の大番頭であり金庫番、その昔、石原軍団が多額の借金で倒産の憂き目にあった折も、資金繰りに奔走して見事に立て直した人物として知られています。石原軍団の運営面の実質的な最高責任者で、テレビにも何度もその姿を現している方です。(小林専務は2016年にお亡くなり、ニュースでも報道されていました)

小林専務から「お経」と言われてしまった寺尾聰さんの「ルビーの指輪」、それを救ったのが石原裕次郎さんの一言だったといいます。「やってみればいいじゃないの・・」(さすがですねぇ)もしこの一言がなかったら、寺尾聰さんの「ルビーの指輪」は陽の目を見なかったかもしれないということです。(信じるか信じないかは、あなた次第!・・・なんちって!)

 

 寺尾聰さんが父に似てきた?

寺尾聡さんのお父さんについてご存知ですか?そう、有名な俳優さんだった宇野重吉さん。(っていっても、やはり今の若い世代の人は知らないかもしれませんね。)

それにしても、寺尾聡さんも年を経るにつれ、お父さんの宇野重吉さんに段々似てきたように、っていうかソックリになってきたような気がします。やはり親子ですねぇ。

「とってももの静かな人」「何かを深く極めてきた人」って印象の宇野重吉さん。宇野重吉さんが演じた役処で、私が大好きなのが、映画「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」の中で、日本画家の大家池ノ内青観先生の役なんですが、まさにそんなイメージでした。

「年老いたらこういう人にならなきゃいけないね!」って思ったものです。でも、宇野重吉さんが1964年のNHK大河ドラマ「赤穂浪士」で演じていた、大名屋敷ばかりを標的にする蜘蛛の陣十郎という盗賊の役が恐くて、登場すると必ず泣いていたらしい私・・(3才だったので憶えてないけど)

宇野重吉さんは、昭和を代表する名優の一人で、数々の受賞歴を持ち、1981年には紫綬褒章を受けています。実は息子の寺尾聡さんも、父の宇野重吉さんに負けないぐらいの受賞歴の持ち主。日本アカデミー賞、ブルーリボン賞など多くの受賞を経験、2008年には、父の宇野重吉さんと同じ紫綬褒章を受賞しているんです。

お顔からその雰囲気まで、父宇野重吉さんに似てきたと感じられる寺尾聡さんですが、父の背中を追ってきたせいなのか、俳優としての進み方まで、よく似てきたんだなぁと思えてなりません。

 

 寺尾聰さんの出演作の記憶

寺尾聰さんの出演した作品で、どんなものが記憶として残っていますでしょうか。

寺尾聰さんが、日本アカデミー賞の主演男優賞に輝いた作品としては、信州の田舎を舞台に、心を病んだ妻とそれを静かに見守る夫の日々の生活を描いた『阿弥陀堂だより』。妻殺しの元警部の事件とその裁判の行方が話題になった『半落ち』。交通事故の後遺症で記憶を80分しか持続できない数学者の家の家政婦が見てきた日常が描かれている『博士の愛した数式』など、人の心ををテーマにした作品などが、とても印象に残っています。

でも、なんといっても『雨あがる』が一番かな! 2000年の映画で、既に17年経ちますが、テレビでも何回か放送されていて、その度に観て来ました。

寺尾聰さんが演じていたのが、剣の腕前は一流の武士の三沢伊兵衛。真面目で優しいんですが、不器用な生き方しかできずに中々仕官が叶わなくて、その日暮らしを迫られているんです。そんな伊兵衛を優しく見守り続ける妻のたよ宮崎美子さん)と各地を放浪して歩き、爪に火を点す生活を送りながらも、二人は仲睦まじく寄り添って生きていくというストーリーの映画なんです。

どんな逆境に置かれようとも、人の道を貫こうとする伊兵衛と、心配しながらもいつも笑顔で支える優しい妻たよの姿は、見ている側に多くのことを投げかけてくれている気がして、私にとっては名作この上ない映画です。(見たことない方には、お勧めしたいぐらいです)

 

 まとめ

寺尾聰さんについて、「ルビーの指輪」がお経といわれたエピソードと、父の宇野重吉さんに似てきたこと、寺尾聰さんの出演作の記憶などについて調べながら、思い出してみました。

そういえば、「ルビーの指輪」が流行っていた頃、私は貧乏大学生で、寺尾聰さんの『Reflections』っていうアルバムが欲しくて、やっと買えたって記憶があります。ダビングして、よく友達のクルマでカセットを聴かせてもらってたなぁ。。

アルバム『Reflections』には「ルビーの指輪」とともにヒット曲になっていた「SHADOW CITY」「出航 SASURAI」(B面)なども収録されていて、本当に懐かしいです。(まさに昭和の1ページです)

寺尾聰さんには、まだまだご活躍してもらいたいと思います。

 

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