夏木陽介!今現在は?青春ドラマの草分けで、ラリードライバーも

 

こんにちは、みらじです。

なんとなく懐かしくて、昭和時代に活躍されていた芸能人のことばかり見て回っています。今回は、1950年台から多くの映画に出演され、当時の若者たちの青春のシンボル的存在であり、1980年頃からはラリーに没頭していた俳優の夏木陽介さんの今現在はどうされているのかなどを調べてみました。

 

 夏木陽介さんは青春ドラマの草分け

夏木陽介さんは1936年生まれで、既に80才を超えられている超ベテラン俳優さんの一人です。夏木陽介さんといっても、今の若い人は知らないでしょうかね。1960年台頃から人気を博した青春ドラマの先生役などで、当時の若者に人気だった東宝の俳優さんです。

実は私もほんの子供だったので、内容自体の記憶はあまり鮮明ではありませんが、不思議なことに、夏木陽介さん主演の学園スポコンドラマ「青春とはなんだ」(ラグビー)の挿入歌で、布施明さんが歌っていた「貴様と俺」は今でも歌えます。

”♪空に燃えてるでっかい太陽!、 胸にかかえた貴様と俺だ!、バネも効いてらぁ~血も涌くさぁ~。エイコラ ゴー! ゴー!やっつけろ~、年がら年中傷だらけ~、泥んこ苦業はなんのため、勝って帰らにゃ男じゃない!♪”・・

1番の歌詞しか憶えてないんですが、確か3番まであったかな?挿入歌「貴様と俺」は、今思えば軍歌調の歌でしたね。だからすぐ覚えられる歌だったのかも。

夏木陽介さんは青春ドラマの草分け的存在で、その後の青春ドラマの発展に大きく貢献した方だと言えます。森田健作(現千葉県知事)さん主演の「俺は男だ」(剣道)とか、村野武範さん主演の「飛び出せ青春」(サッカー)、中村雅俊さん主演の「われら青春」(ラグビー)などの、当時の超人気学園スポコンドラマの原点は、夏木陽介さんの青春映画や青春ドラマなんです。

そういえば、「飛び出せ青春」の主題歌で、青い三角定規が歌っていた「太陽がくれた季節」や「われら青春」の挿入歌で、中村雅俊さんが歌った「ふれあい」も爆発的なヒット曲になりました。(今でもカラオケで歌ってる人いますよ)

夏木陽介さん、青春ドラマ以外にも数多くの出演作がありますが、「Gメン’75」とか憶えている人も多いのではないでしょうか。放送期間が1975年~1982年と長かったし、警視庁の特別潜入捜査班という重要事件を扱う部署の活躍ぶりが描かれるドラマだったので、現代で云えば「相棒」などの人気刑事ドラマ並み、いやそれ以上の人気だったかもしれません。

夏木陽介さんは、「Gメン’75」の中では、警視庁きってのエリート警察官、切れ者の小田切警視役で、亡丹波哲郎さん演じてた特捜班のボス黒木警視との微妙な距離感がいい感じでしたね。(実に懐かしいです。)

あと、夏木陽介さんのブログにも話が出てくるんですが、憧れの三船敏郎さんと共演した黒沢明監督作品の「用心棒」とか、1984年の「ゴジラ」などにも出演しています。ゴジラでは、確かゴジラの生態に詳しい学者で、政府に協力しながら、ゴジラを三原山の火口へ誘導する為に奔走する林田教授役で結構メインの役柄でしたよ。

 

 夏木陽介さんはラリードライバー

夏木陽介さんは、俳優でありながら、ラリーのドライバーであることでも有名でしたね。1980年代の半ばには、フランスのパリから、セネガルのダカールまでの約12000㎞を走破する、世界で最も過酷なレースといわれるパリ・ダカ―ルラリーにドライバーとして出場していたことは、当時のマスコミでも話題を呼びました。

そして、ちょうど日本がバブル景気で賑わっていた1990年前後には「チーム三菱・シチズン夏木」の総監督として、三菱パジェロやギャランなどで参戦。三菱パジェロを全国的な人気車種にしました。

そうなんです。ラリーレース自体、余りポピュラーなものではなかった日本に、ラリー人気を広めたのは誰あろう俳優の夏木陽介さんでした。

夏木陽介さんが総監督を務める「チーム三菱・シチズン夏木」所属のドライバー篠塚健次郎さんは、パリダカで数々の上位入賞という戦績を修め、夏木陽介さんが総監督引退後でしたが、1997年には日本人初の総合優勝。大きな話題でした。そうそう、篠塚健次郎さんの奥さんは、山口百恵さんの夫で俳優の三浦友和さんのお姉さんの弘子さんでしたね。(余談ですが)

この当時、街中も四駆だらけって感じでしたが、四駆ブームの先駆けになったのも夏木陽介さんだったということですね。

夏木陽介さんのブログ「風の中を走る」のなかでも、クルマの話題が多いんです。80歳を超えた今でも、昔からのクルマ好きは治まらないようで、次に買うのはセダンにするか、スポーツカーにするかを未だに本気で迷うんだそうです。(そうはいっても高齢者の運転ミスも多いので注意してほしいですね)

若い頃から乗りこなしてきたクルマは数百台という夏木陽介さんですが、ショールームにいくと、未だに三菱自動車の関係者としてのイメージを持たれていて、冷やかしだと思われてしまうんだとか。

 

 夏木陽介さんの今現在は?

夏木陽介さんのブログ「風の中を走る」の中でもちょくちょく出てくるスローガンのような言葉「仕事は楽しく遊びは一生懸命に」・・・・このせいかどうかわかりませんが、今現在も独身を楽しんでいる夏木陽介さん。(夏木陽介さんは一度も結婚されていないんです。)

たまにテレビのトーク番組に出られるときなどは、ブログに出演時の様子を記されていますが、あまり積極的に出演されている感じではありませんね。ブログもかなり不定期に更新されてますし。

夏木陽介さんの「風の中を走る」ブログ内の引用ですが

今も相変わらず『好き勝手』に寅さんの様に毎日を楽しく生きています。「縁があつたら又会おう、縁がなければ冥土でだ」昔三船(敏郎)さんと一緒に出演した映『国定忠治』の最後の台詞でした。合掌。

「縁があつたら又会おう、縁がなければ冥土でだ」・・・中々深い言葉でいいですねぇ~。これから使わせてもらおうかな!

 

 終わりに

2010年に「徹子の部屋」にゲストとして出演された夏木陽介さんは、腎臓がんと戦っていたことと、麻雀の際中に脳梗塞になって病院に運ばれたことなどを告白されているようです。

でも最近のブログの様子では、とてもお元気そう。青春ドラマ仲間の同窓会に参加されていたり、相変わらずのクルマへの執着話だったり。

夏樹陽介さんには、まだまだご活躍してもらいたいと思います。例えば、トークショーなどで、昔の話などをたくさん語ってほしいですね。

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