1980頃の夏といえば、街中はロゴ入りのポロシャツ!だらけでした

 

こんにちは、みらじです。

youtubeで、たまたま昭和時代の古い動画を見ていて思い出しました。私は、1980年~1984年まで大学生として東京で下宿生活をしていたんですが、その当時の夏といえば、大学生など若者の間ではポロシャツが人気だったんですよね。胸にロゴが入ったポロシャツ。

街でスレ違う人がやたらに着てたのは、こんなポロシャツがとても多かったんです。

「ラコステ」

グランドスラム7度制覇したフランスのプロテニスプレーヤーのルネ・ラコステがブランド化したパステルカラーのボーダー柄のポロシャツ(ワニのロゴマークの向きで本物・偽物の区別がつくなどの話題もありました)。ラコステのポロシャツって、誰でも1枚は持ってたんじゃないかしら。

「FILA」

フィラは、トップスピンのグラウンド・ストロークの鋭さで観衆を沸かせ、スエ―デンの貴公子と言われたテニスプレーヤーのビョルン・ボルグ選手が試合で必ず着ていたイタリアブランドのポロシャツ。白の上下のフィラのユニフォームと長い金髪の神がカッコよかったですね。知らなかったんですが、FILAは現在韓国のメーカーだそうです(買収されたみたい)。

「セルジオ・タッキーニ」

イタリアのスポ―ツブランドのセルジオ・タッキーニは、テニス選手には珍しい暴言でも有名だったアメリカの
テニスプレーヤーのジョン・マッケンロー選手が着ていたことで有名になりました。悪童の異名とは裏腹に、強かったですよ、マッケンローは。 90年台には、女子のマルチナ・ヒンギス選手もタッキーニを着用していたのを憶えています。

「エレッセ」

エレッセは、グランドスラムの記録保持者、テニスの女王の座を欲しいままにしていたアメリカのクリス・エバート選手も契約していたイタリアのブランド。テニスボールを半分に切った形のロゴマークがオシャレでした。クルム伊達公子選手も現役時代エレッセを着ていたと思います。エレッセは、特に女子に人気が高かったテニスウエアーですね。

「マジア」

マジアは、そんなにポピュラーってほどでもなかったんですが、確かクリス・エバート選手の好敵手だったチェコのマルチナ・ナブラチロワ選手が愛用していたイタリアのメーカーだったと思います。マジアは、一枚が30,000円位していた一番高価なポロシャツだったと記憶しています。(「FILA」「セルジオ・タッキイーニ」「エレッセ」なども、当時は20,000円以上でしたけどね)

「ポロ(ラルフ・ローレン)」

なんといっても、アメリカのポロ(ラルフ・ローレン)は着てた人が多かった。ラコステじゃないけど、偽物も多く、
馬の脚が4本のロゴ(本物は3本)なんてのも、アメ横あたりで安売りされてたのを見かけたことあります。俳優のジョニー・デップさんは、ラルフローレンビンテージのRRLコレクターだそうです。根強い人気の背景には、そんな力も働いているのかも。

1980年代、サーフィン、テニス・スキー・モータースポーツが華やかなりし時代、特にサーファーブームとテニスブームのコラボなのか、夏場は、上はテニスブランドのロゴマーク入りポロシャツ、下はエンゼルフライトかFarahのパンツ、足元はデッキシューズ、そして髪はおカッパ風の茶髪。そんないで立ちの若者で街中は溢れかえっていたんです。(いわゆる丘サーファーの人がほとんど・・・自分も例外に漏れずですが)

そういえば、タッキー二、マルボロ(F1スポンサー)など、25,000円位したポロシャツはどこに行っちゃたん
だろう。多分処分しっちゃったんだろうな。

ちなみに、当時の女子はというと・・・「ハマトラ」ブーム。

「フクゾー(服)」、「キタムラ(バッグ)」、「ミハマ(ウエッジソールサンダル)」の女の子が多かったですね。
お洒落なニュートラの女の子だと「オックスフォード」、「クリスティーヌ」、「アルファキュービック」とかを着こなしていたと思います。(この位しか憶えてませんけど)

良くも悪くも、同じような格好の人が多かった。そんな昔の一コマを切り出してみました。今のおじさん達にも、そんな青春の1ページがあったんですよ。

 

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