山口崇の代表作は?名司会者でも有名?最近見かけないけど?

   2017/08/08

山口崇の代表作は?名司会者でも有名?最近見かけないけど?というタイトルで綴っています。

こんにちは、みらじです。

山口崇さんという俳優さんをご存知でしょうか?・・というより、憶えていらっしゃいますか?若い頃の山口崇さんは、シュッ!としたイケメンで、今で云うところの『塩顔男子』とっても人気があった俳優さんでしたね。昭和時代に、いろいろなドラマで主役準主級の役柄をこなしていた方です。

1936年(昭和11年)生まれで、現在80歳になられる山口崇さん。最近は、ほとんどTVなどでもお見かけすることもなくなりました。しかし、調べてみると、活動内容が変わってはいるようですが、ある分野でご活躍されているとのこと。

ということで、

今回は、昭和時代の有名俳優のひとりである山口崇さんについて・代表作にはどんな作品があった?・名司会者でも有名だった?・最近見かけないけど、今は何をしてる?などの話題を中心にまとめようと思います。暫しお付き合いのほど、お願いいたします。

 山口崇の代表作にはどんな作品が

山口崇さんは、NHK俳優養成所のご出身、1960年代半ば以降、俳優として活躍をし始めます。

1968年スタートの京塚昌子(1994年没)さん主演の長編ドラマ『肝っ玉かあさん』で京塚昌子さん演じる大正五三子の長男の一(はじめ)の役を演じたのが山口崇さん。ホームドラマ全盛期にあって、とても人気が高かった『肝っ玉かあさん』。親が夢中で見ていたので、この時代小学生だった私も一緒に観ていました。

蕎麦屋さんが舞台の人情ドラマで、近所づきあいや兄弟仲の大切さ、親が子思い、子が親のありがたみを痛感するといった現代では忘れがちな部分(人の心かな?)を、ドラマを通して学ばせてもらったホームドラマで、子供ながらに心温まる内容だった記憶がありますね。

それにしても、TVゲームやパソコン、スマホもなく、テレビも家庭に一台の時代でチャンネル選びが、子供の自由になるなんてあり得なかった時代、TVドラマは家族の唯一の娯楽でしたね(笑)

話が逸れちゃいましたが

山口崇さんの出世作『肝っ玉かあさん』でお茶の間の人気を集めた山口崇さん。1970年からの『大岡越に出演します。『大岡越前』での山口崇さんの役処は、徳川幕府8代将軍の徳川吉宗公の役。日本のドラマ史上でも異例な長寿番組になり35年以上の大作になった『大岡越前』。

山口崇さんはその間ずっと将軍吉宗公としてお茶の間に親しまれてきたわけです。山口崇さんの代表作っていったら『大岡越前』は絶対に外せないでしょうね。山口崇さんの演じた吉宗公は、松平健さんの「暴れん坊将軍」とは真逆の吉宗公。凄く理知的な雰囲気なんだけど、暴れん坊将軍のように強くない(あたりまえか)。どちらかというと優男でスマートで、いかにも弱そうな将軍様~って感じでしたね。

山口崇さんの主演作で記憶に鮮明に残っている作品としては、1971年の『天下御免』これは、私の大好きなドラマのひとつでもあり、毎週欠かさず楽しみに見ていました。

田沼意次時代(享保)発明家として有名だった平賀源内が、江戸の街中で起きるさまざまな事件や諸問題を天才的な頭脳で次々に解決していく痛快時代劇が『天下御免』。

なんて表現したらいいんだろ、『天下御免』はちょっと変わった演出で、劇中に現代の街並みの映像とかが出てきちゃったりして、そこに登場人物がかぶって出てきたりするんです。内容は全体的にコメディタッチ。「面白かった」 本当にそれに尽きます。

キャスティングも良かったです。山口崇さん演じる平賀源内はもちろんのこと、杉田玄白役には、1985年の日航機墜落事故で亡くなられた坂本さん。老中田沼意次役は仲谷昇さん、前野良沢役には内藤武敏さんなど蒼々たる面々のほか、林隆三さん、中野良子さん、火野正平さん、太地喜和子さんなどの豪華なキャストが出演されていました。

『天下御免』、もう一度見てみたいですが、NHKにはもう記録が残ってないそうで残念ですね。

これら以外に山口崇さんの代表作としては、1975年の『影同心』での更科右近の役や1980年の『御宿かわせみ』での畝源三郎の役などが印象として残ってます。

あとは、1978年の水谷豊さん主演の『熱中時代』での八代先生役などでしょうか。船越栄治さん演じる校長先生の奥さん(草笛光子さん)の弟が矢代先生。中学の理科の先生で、校長先生の家に他の先生たちと一緒に下宿していて、お酒が好きな捉えどころのないグータラ先生って感じの矢代先生役は、いつもの山口崇さんのシャープな印象と違っていたせいか、けっこう記憶にあります。

実に個人的な趣味や感想で、山口崇さんの代表出演作を選んでいるような気がしますが、おおかた間違ってはいないと思います。

 山口崇さんは名司会者でも有名?

山口崇さんといえば、俳優業もさることながら、名司会者としても有名になったとても頭の回転が速く、器用に司会進行ができる、今で云うMCの走りのような方。昭和時代の一定期間、超人気クイズ番組の『クイズタイムショック』で司会をつとめています。

山口崇さんが『クイズタイムショック』の司会を務めていたのは、1978年10月~ 1986年3月までの約8年。山口崇さんは『クイズタイムショック』の代目司会者で、初代はドラマ『白い巨塔』の主演で知られる俳優の田宮二郎さんが務めていました。

1978年9月をもって『クイズタイムショック』を降板した田宮二郎さん、その3か月後、猟銃で自殺を図り亡くなるというショッキングな事件が起きます。原因はうつ病だったらしいですが、『クイズタイムショック』の司会を降板したのもそういった理由からだったのかもしれませんね。

かくして『クイズタイムショック』の司会者を引き継いだ2代目の山口崇さんですが、田宮二郎さん時代にもまして、番組を盛り上げてゆき、降板するまでの約8年間『クイズタイムショック』の新しい時代を築き上げたと言ってもいいと思います。

山口崇さんの後は、生島ヒロシさんや鹿賀丈史さん、中山秀征さん・新山千春さんなどが司会を歴任されていますが、どの方もその方なりのテイストを出していて良かったと思いますが、個人的には、やはり山口崇さんの理路整然としたシャベリとシャープな語り口調が一番ではなかったかと思います。

俳優でありながら、名司会者もつとめ上げる山口崇さんは、『クイズタイムショック』の司会の前には『スター千一夜』の司会などもされてます。

『スター千一夜』、実に懐かしいですが、今で云うところの『A-studio』『おしゃれイズム』の番組が『スター千一夜』。活躍中の芸能人やスポーツ選手などの生の声で私生活などが語られる貴重な番組でした。記憶にありますが、イングリッド・バーグマンや、ブリジット・バルドーなどの海外の女優さんなんかもゲストで来てましたね。

たしか『スター千一夜』では、高島忠夫さんや関口宏さんら名司会者たちも司会をされていました。何年か事(1~2年?)に司会者が変わっていった番組で、司会の心得ある沢山の人たちが司会をつとめていた『スター千一夜』。そんな番組でも、名司会者ぶりが高評価を受けていた山口崇さんは抜擢されていた訳です。

 山口崇さん、最近見かけないけど?

俳優として、またある時は司会業などでもその才能を大いに発揮してきた山口崇さん。TVでお見かけしなくなって久しいですが、80歳になられる現在は、TV等からは遠ざかっているようですが、別の分野で元気にご活躍中のようです。

元々からライフワークにしていた民話邦楽の世界を堪能しておられるのだそうです。山口崇さんは、長唄にも大きな関心がある方のようで、長唄では第一人者、人間国宝でもある七代目杵屋巳太郎氏に師事、山口崇さん自身も名取となり、杵屋巳楓としてご活躍中だそうです。

 まとめ

今回は、昭和の時代を中心にあらゆるドラマなどに出演されるとともに、水を得た魚のごとく、抜群の名司会者ぶりで大活躍されてきた俳優の山口崇さんについて、・代表作にはどんな作品があった?・名司会者でも有名だった?・最近見かけないけど、今は何をしてる?などの話題でまとめてみました。

山口崇さんは、新たな楽しみを見つけて現役生活をエンジョイされておられるようです。羨ましいようなセカンドライフですよね。

最後に

山口崇さんのプロフィール

・本名     山口岑芳(やまぐちたかよし)
・生年月日   1936年(昭和11年)11月17日
・干支・星座  子年[ねずみ]・蠍座
・出身地    兵庫県三原郡阿那賀村
・身長     175cm
・血液型    B型
・所属     オフィス天童
・学歴     早稲田大学教育学部(中退)
・趣味     民話研究
・特技     三味線・琴・鼓・長唄(名取)

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