三山ひろし、ビタミンボイスで人気の演歌歌手になるまで

 

三山ひろし、ビタミンボイスで人気の演歌歌手になるまで
というタイトルで綴っています。

こんにちは、みらじです。

若手演歌歌手の三山ひろしさん、若手というが10代・
20代ではなく1980年生まれの35歳だそうです。

≫三山ひろしさんの画像はコチラ

童顔の面差し、そして2015年の紅白歌合戦初出場など、
最近デビューしたのかと思っている方も多いのでは
ないでしょうか。

紅白歌合戦といえば、三山ひろしさんは初出場の際に、
実は2012年に結婚していて長女長男の2人の子供が
いることを発表して話題にもなりましたよね。

三山ひろしさんは、歌手になる覚悟をしてふるさとの
高知県から上京したのは25歳の時だったそうです。

歌手を目指す年齢としてはどちらかというと遅かった
んじゃないかと考えられますが、

それには理由があり、三山ひろしさんが小学生だった頃
婿養子だったお父さんが家を出て両親が離婚、お母さん
一人の細腕で支える家計は苦しかったといいます。

母親思いの三山ひろしさんは、僅かでも家計を助けようと
中学1年生の時から新聞配達をしていたそうです。

そして地元高知県の高校を卒業した後もやはり地元の
ガソリンスタンドで働いていたそうです。

三山ひろしさん、親孝行のいい息子さんだったんですね。

 どうして歌手を目指したのか

子供のころから歌うことが大好きだった三山ひろしさん。

ビタミンボイスという人に癒しを与え活力の源となる美声に
恵まれていたことを一番分かっていたのは祖母の清子さん。

祖母の清子さんは三山ひろしさんに内緒で、2004年
高知県で開催された「NHKのど自慢」に応募。

そして出場した「NHKのど自慢」で三山ひろしさんは、
なんとチャンピオンに輝いています。

この自信が、声がよくて歌うことが好きだった三山ひろし
さんの歌手になりたい願望に火をつけたのかもしれませんね。

2004年といいますから三山ひろしさんが歌手になる
ことを決めて上京する少し前のことです。

 三山ひろしさんの上京後

歌手になる覚悟を決めてふるさと高知からを上京した
三山ひろしさんですが、

目指す歌手とは程遠く、生活していくための職探しに
奔走することに・・・

当時は、派遣社員の仕事に就くのも難しい状況で、路頭に
迷うほどだったといいます。

貧困との戦いを余儀なくされた三山ひろしさんでしたが、
そこに運命を大きく変える人が現れることになります。

三山ひろしさんが見つけたのは青山に新しくオープンする
ライブレストランのウェイター募集の求人広告でした。

その広告主こそが、三山ひろしさんを人気演歌歌手に育てた
師匠、演歌歌手の松前ひろ子さんだったというわけです。

≫松前ひろ子さんの画像はコチラ

実は今回調べていて知ったことなのですが、演歌歌手の
松前ひろ子さんは、北島三郎さんのいとこにあたる方だ
そうですよ。

こうして三山ひろしさんはライブレストランでウェイターを
しながら師匠の松前ひろ子さんの付き人として、

さらに、松前ひろ子さんのファンクラブの会費管理
ウェブサイトの管理スケジュール管理身の回りの
お世話など、

夜を徹しての厳しい修行生活を送ったそうです。

覚悟を決めてふるさと高知を離れた三山ひろしさんに
とっては、居場所が見つかっただけマシで、とにかく
死に物狂いで努力しなければならなかったんだと思います。

忙殺されそうな中、歌の練習は松前ひろ子さんの夫で
作曲家の中村典正さんに師事して持ち前のビタミンボイス
に更に磨きをかけていった三山ひろしさん。

約三年後の2009年「人恋酒場」でデビューを果たす
ことになります。

ちなみにデビュー曲「人恋酒場」は10万枚を超す
売れ行きでゴールドディスクにも認定されているそうです。

 三山ひろしという芸名はどこから

三山ひろしさん、この名前は本名ではなく、恒石正彰
(つねいしまさあき)というのが本名だそうです。

どうして、三山ひろしにという名前が付けられたのか
興味が湧きませんか?

三山ひろしさんの「三山」・・・これは三山ひろしさんの
ふるさと高知県南国市は三方を山に囲まれている地形だ
そうで、それに因んで付けられたといいます。

では、「ひろし」はどこから・・・これは、歌の師匠の
中村典正さんの芸名「山口ひろし」からいただいたとの
ことです。

意外と単純な理由でつけられた芸名だったんですね。。
でも親しみやすく、覚えやすくていいかもしれませんね。

 まとめ

ビタミンボイスと云われ演歌ファンにかかわらず、広く
いろいろな世代からも支持されている演歌歌手の
三山ひろしさんが、実は子供の頃から人知れず苦労人
あったこと。

そして

歌手になる覚悟を決めて上京し、ある運命の出会いから、
紅白歌合戦出場歌手になるまでの人気歌手になるまでなど
についてまとめてみました。

ひとつ大切なことを忘れてましたが、

三山ひろしさんが結婚したお相手の女性(奥様)は師匠の
松前ひろ子さんと夫で作曲家、三山ひろしさんを鍛えた
中村典正さんの次女洋子さんとのことです。

三山ひろしさんを苦しい下積み時代から見守ってきた洋子
さんはとても優しい方だそうで、三山ひろしさんはそこに
惹かれたそうですよ。

なんかとても幸せそうでいい話ですよね。

歌謡番組が減ってきてテレビで演歌を聞く機会が少なくなった
現代ですが、エンターテインメントとしての演歌の勢いは
三山ひろしさんなどの若手に守っていってほしいですね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

この記事へのコメントはこちら

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
また、* が付いている欄は必須項目となりますので、必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「コメント送信」ボタンを押してください。