東国原英夫、芸名のエピソードや少年時代などの若い頃の話題

 

東国原英夫、芸名のエピソードや少年時代などの若い頃の話題
というタイトルで綴っています。

こんにちは、みらじです。

東国原英夫さん、不祥事問題で話題になったり、宮崎
県知事になって宮崎県を全国的にアピールして活気
づかせたり、東京都知事に立候補してみたり、衆議院
議員に当選するも所属政党を離脱して議員も辞職するなど
若い時から何かと駆け足で人生を駆け抜けているという
印象のある方だなぁと思って観ています。

東国原英夫さんは結婚も3度、一度目の結婚のお相手は
フリーアナウンサーの片平きみよさん(現・片平夏貴さん)、
2度目の結婚のお相手は、女優のかとうかずこさん、
3度目の結婚相手は20歳年下の一般女性で現在の奥さん。
現在の奥さんとは2014年に結婚されたばかりです。

東国原英夫さんは、とにかく話題には事欠かない波乱に
満ちた人生を送っている方で、エピソードがいっぱい詰ま
った方のようです。

今回は東国原英夫さんの芸名「そのまんま東」のエピソ
ードや少年時代や若い頃のいろいろなエピソードについて
まとめてみたいと思います。

 東国原英夫さんについて

≫東国原英夫さんの画像

・本名     東国原英夫(ひがしこくばる ひでお)
・生年月日   1957年(昭和32年)9月16日
・干支・星座  酉年[とり]・乙女座
・出身地    宮崎県都城市
・身長     170㎝
・血液型    B型
・出身校    専修大学経済学部経済学科卒業
        早稲田大学第二文学部社会人間系専修卒業
        早稲田大学政治経済学部政治学科中途退学
・趣味     プロ野球観戦 ゴルフ マラソン
・その他    洗濯・掃除が大好き。

東国原英夫さんが洗濯や掃除が大好きってちょっと意外
な感じですね。根っからの働き者の気質があるのかも
しれませんね。

洗濯機は1日何回も回すので長持ちしないそうです。
掃除機をかけることがストレス解消法になるし、トイレ
、洗面所の掃除が大好きなんだそうです。

 「そのまんま東」の芸名についてのエピソード

東国原英夫さんといえばたけし軍団のメンバーの一人
「そのまんま東」でしたが宮崎県知事への立候補の際、
たけしさんに、そのユニークな芸名を返上して本名の
東国原英夫に戻したことで、当時話題になりました。

東国原英夫さん、そもそも芸能界入りのきっかけは
「お笑い君こそスターだ!」のオーディションに出場した
ことで、1980年今から35年以上も前の話になります。

当時の芸名は東英夫、後にたけし軍団のメンバーの一人と
なる大森歌右衛門「ツーツーレロレロ」のコンビ名で活動。

たけし軍団の編成に伴い大森歌右衛門とのコンビを解消、
軍団の一員となります。

たけし軍団のメンバー全員の芸名はたけしさんがつけたのだ
そうですが、東国原英夫さんが名乗っていた東英夫の芸名は
「そのまんま東でいいよ」ってことになったそうです。

たけしさんの意図は「東英夫のままでいいよ」ということ
だったらしいのですが、メモを担当していたラッシャー板前
さんが勘違い。「そのまんま東」と記してしまったことで
それが芸名になってしまったんだそうです。

さすがはお笑いの世界、とぼけた漫画のような話がそのまま
現実になってしまうなんて実に愉快です。
この芸名に関するエピソード、個人的には大好きです。

 東国原英夫さんの少年時代

東国原英夫さんの少年時代に関することをまとめている
情報がありましたのでそちらを引用させていただきます。

・小学校1~2年の頃、母親が父親に愛想をつかして
  出て行って2年間父親と一緒に暮らした。
 ストリップ劇場から小学校に登校。
  踊り子のお姉さんが母親がわりだった。
・小学校時代、音楽の授業で「好きな歌を歌いなさい」と
  言われて「芸者ワルツ」を歌って問題になった。
 学校に呼び出された母親が「芸者ワルツはいい歌だよ」
  と先生とケンカした。
・小学校時代、隣家の貰い火で実家が全焼、
  真夏に2ヵ月間テント生活。
・小学校時代、将来フランス人になりたいと思っていた。
・小学校時代、絵が得意だった(賞を貰った)。
・小学校時代、体育が苦手だった。
・小学校時代、夏休みには毎日ラジオ体操に通った。
  指先まできちんと伸ばしていたのでよく
  見本として台に乗せられた。
・小6の時、卒業文集に「将来政治家とお笑い芸人に
  なりたい」と書いた。
・小学校~中学時代、9年間無遅刻無欠席。
・小学校~中学時代、毎年クラスの委員長か副委員長、
  中学時代に生徒会長をやった。
 当時はリーダーを演じるのにあきあきしていた。
・小学校~中学時代、赤面症で大勢の前で話すのが苦手だった。
・中学時代、不良グループに入っていたが、夕方になると
  「お前は勉強しろ」と番長が帰してくれた。
・高校時代、ハンドボール、水泳、駅伝、サッカーの
  4つの部をかけもち。
 ハンドボールでキャプテンとしてインターハイに
  出場して宮崎県代表に選ばれた。
・高校時代、学校を活気付ける為に毎日夕方1時間だけ
  活動する不良部を作った。
・高校時代、応援団長をやった。
・高校時代、成績優秀だった。
・高校時代、学校の人気者で女の子にモテモテだった。
  ラブレターやバレンタインのチョコをたくさん貰った。
・中学~高校時代、芸人を目指して何度も家出して
  その度に連れ戻された。
・母親が作ってくれた弁当のおかずが枝豆だけだった
  事があった(父親の晩酌の肴の残り物)。

出典:有名人データベース PASONICA JPN「東国原英夫」

小学校の卒業文集に「将来政治家とお笑い芸人になりたい」
と書いたという東国原英夫さん。

実際にその夢を実現しています。ある意味芯の強さをもった
少年だったのかもしれませんね。

なぜなら、政治家も、お笑い芸人もその志だけでなれる
ものではないと思えるからです。

小学校時代は学級委員で中学時代に生徒会長をしていたこと、
中学時代、入っていた不良グループの番長が、夕方になると
「お前は勉強しろ」と帰してくれたというエピソードや、
自らがが語っている優秀だった高校時代など、リーダーの
素質は十分にあったようです。

東国原英夫さんはけっこう優等生だったみたいですが、
何度も家出しては連れ戻されるなど、破天荒な面も持ち合わ
せるユニークな少年だったのではないでしょうか。

 まとめ

東国原英夫さんについて、たけし軍団当時の芸名「そのまんま
東」になった時のエピソードや、少年時代などの若い頃の
様子についてまとめてみました。

東国原英夫さんは5月16日 「しくじり先生 俺みたいに
なるな!! 3時間スペシャル 」に登場、若気の至りが招いた
いくつかの不祥事について告白されるそうです。

自転車泥棒事件や、30年前に大スキャンダルになった
たけし軍団によるフライデー(講談社)襲撃事件などなど、

東国原英夫さんの口からいろいろな話が聞けそうですよ。

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