桂歌丸、笑点を語れる最後の一人が引退、歴代の司会者はこんな人たち

   2016/05/12

桂歌丸、笑点を語れる最後の一人が引退、歴代の司会者はこんな人たち
というタイトルで綴っています。

桂歌丸師匠が2016年5月22日の放送を最後に『笑点』大喜利
司会を引退する発表があったとのニュースがありました。

1966年5月からスタートした『笑点』は既に半世紀50年に渡って
放送されている日本テレビの長寿人気番組です。

司会を引退する桂歌丸師匠は『笑点』最初からの出演者、大喜利メンバー
と司会者の期間を通算するとまさに50年、笑点そのものといえる方です。

かつてより、メンバーが入れ替わる節目を見てきた視聴者の一人として
『笑点』のすべてを今に語れる最後の生き証人である桂歌丸師匠の引退の
話は本当に寂しく感じます。

1980年(昭和55年)に亡くなられたレギュラーメンバーの4代目
三遊亭小圓遊師匠と桂歌丸師匠の「ハゲ」と「化け物」バトルは今でも
笑点名物のワンシーンとして蘇ってきます。

笑点を語れる最後の一人、桂歌丸師匠の笑点司会引退のニュースに触れて、
何かかつての笑点が懐かしくなりました。

かつてはどんな方たちが司会者だったかなど出演者の情報などを調べて
みることにしました。

 かつての笑点大喜利の司会者

初代7代目立川談志師匠が司会をされていたんですね。VTR映像で
その様子を見たことがありますが、さすがにまだ若々しい談志師匠の
印象でした。後年のように毒が強くなかった。

2代目の司会を務めたのが、前田健彦さん、マエタケのニックネームで
人気があった方で現在でいわれるところのマルチタレントさん。

本業は放送作家ですが、当時ではかなり珍しい毒舌で言いたいことを
ズバズバ言うタイプの人でしたので切れのいい司会進行だったという
記憶がありますね。

マエタケさんの司会を継いで3代目司会者となったのが三波伸介さん。

今は俳優業で活躍されている伊東四朗さんと戸塚睦夫さんの3人で
お笑いグループの「てんぷくトリオ」組んでいた三波伸介さん。

飛行機の欠航で収録に間に合わなかった前田健彦さんの代役として
笑点の司会をしたのが切っ掛けで3代目の司会者になったそうです。

個人的には三波伸介さんが司会の頃の『笑点』が一番好きでしたね。

親分肌の三波伸介さんは、落語家ではなかったんですが、完璧な
仕切り屋に徹して『歌丸さんの座布団全部もってけぇ~ッ!』って絶叫、
見ていて爽快でした。お笑いコントを見ているようでしたね。

ちなみに当時の座布団運びは松崎真さんでした。現在は山田隆夫さんが
やってますが、座布団運びも笑点では大切な役目ですよね。

「まむちゃん」でお馴染みの毒蝮三太夫さんや「突撃!となりの晩ご飯」
で大きなしゃもじを携えて家巡りをしていた桂米助師匠などもかつては
座布団運んでたんですよね。

三波伸介さんが1982年の暮れに急逝されたため笑点の4代目司会者と
なったのが5代目三遊亭圓楽師匠、2006年に病気のため降板するまで
長い間笑点の顔になってましたので、実に巧みな進行ぶりは、皆さんも
よくご存じかと思います。

三波伸介さんの後じゃ大変かもしれないなと思ってましたが、飄々と
しながらも頭脳派の司会ぶりでお茶の間に笑いを運んでくれました。

そして今回引退表明された笑点5代目司会者の桂歌丸師匠へと繋がって
きたわけです。

桂歌丸師匠が司会者になって早10年、そして80歳になられると
いいます。桂歌丸師匠の前の司会者の方々は全員お亡くなりになって
いますので、50年という月日がいかに長いものか実感させられますね。

笑点ファンの多くは、桂歌丸師匠にはもっと続けてほしいと思ってる
はずですが、ご本人は節目というものをどうも大切にされているようです。

 まとめ

桂歌丸師匠の笑点司会引退のニュースに触れ、かつて笑点を支え盛り上
げてきた司会者などについても簡単に見てきました。

50年という長きにわたって人気を保ってきた『笑点』。その歴史には
一言では語り尽くせないほどいろいろな出来事が詰まっていると思います。

そしてスタート時から現在まで『笑点』に出演し続けてそのすべてを知り
尽くす桂歌丸師匠の引退には一抹の寂しさを感じずにはいられませんね。

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