ヤマザキマリ『テルマエロマエ』の生みの親の半生が強烈過ぎないか?

   2016/04/22

ヤマザキマリ『テルマエロマエ』の生みの親の半生が強烈過ぎないか?
というタイトルで書いています。

こんにちは、みらじです。

ヤマザキマリさんといえば、人気映画『テルマエロマエ』の生みの親、
原作の漫画の作者として一躍有名になった方ですので、ご存知の方も
多かろうと思います。

現在は、『テルマエロマエ』の舞台であり、夫の母国であるイタリアを
拠点に精力的に活動されている国際人のヤマザキマリさん。

今回は、ヤマザキマリさんにスポットを当てて、その強烈過ぎとも思
える半生を見ていきたいと思います。

 14歳のドイツ・フランス一人旅

14歳の冬休み、一緒に旅行するはずであったお母さんが急に都合が
悪くなり一か月間ドイツとフランスに一人旅することになった
ヤマザキマリさん。

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14歳って中学生でしょ!あり得ない・・・強烈過ぎるでしょ。

と思ったらお母さんの友達が当時ドイツに住んでいたので、そこを
訪ねる計画の旅行でもあったようです。

それにしても14歳でヨーロッパへ一人旅っていくらなんでもねぇ。
お母さんは心配じゃなかったんでしょうか。

パリの空港まではお迎えの人がいたので、ここまでは安心できた
そうですが、その先で躓きます。言葉もまったく通じない状態で
駅の乗り換えが分からない。

ヤマザキマリさんは小学校時代バレーボール・バスケをやっていて、
14歳の旅行当時は163cmと身長は大人並みにあったそうですが、
そうはいってもなにせ中学生ですよ。今みたいに携帯もないし。

当時若い女性の間で流行っていた聖子ちゃんカットにハマトラ
ファッションの女子中学生が、右も左も分からない異国で、しかも
まったく言葉が通じない状態でパリという大都会のど真ん中に
ポツンと一人って・・・

考えただけでもゾッ!としますよね。

でもたくましいヤマザキマリさんは、その状況を乗り越えます。
「頼れるのは自分だけ」と、自分を信じ切って積極的にジェスチャー、

これでコミュニケーションをとって目的地のドイツまで辿り着いた
といいます。

この体験がヤマザキマリさんを新しい自我に目覚めさせ、新しい
価値観を与えたようです。

そしてこの一人旅の途中で出会ったイタリアの陶芸家のマルコ爺さん。
厳格なマルコ爺さんは最初ヤマザキマリさんの「家出」を疑い、
諫められたそうです。

マルコ爺さんとの出会い、これが以後のヤマザキマリさんの人生の
転機の源となっていきます。

 17歳で、フィレンツェへ

14歳のヨーロッパ一人旅がヤマザキマリさんに与えた新たな
自我の目覚めや物事に対する価値観はさらに増幅されたらしく、
再び彼女を海外へと導くことになります。

イタリアの陶芸家マルコ爺さんはヤマザキマリさんに本格的に
芸術を学ぶことを勧めます。そして、フィレンツェのイタリア国立
フィレンツェ・アカデミア美術学院へ入学、そこから11年間、
油絵と美術史を学ぶことになります。

実は、ヤマザキマリさんは、当時イタリアでなく、イギリスの語学
学校への入学を考えていたそうです。

では、なぜフィレンツェへ?・・・

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ヤマザキマリさんがマルコ爺さんに家出を疑われた時に、ヤマザキ
マリさんのお母さんがマルコ爺さんに釈明の手紙を出したそうです。

それが元で、マルコ爺さんとお母さんが文通友達になってしまった
そうです。・・って!、お母さんもどんだけグローバルなの?

ヤマザキマリさんのお母さんの手紙でイギリス行きを知ったマルコ
爺さんは、「イギリスなんか行ったって、行く末もわかんなくなる
留学生になるだけだからやめろ。『絵が描きたい』と言ってたんだから、
イタリアに寄越せ」ってお母さんを説得。

「とりあえずイタリアに行ってみたら」というお母さんの助言もあり
イタリア行きとなったそうです。

14歳の時の一人旅行といい、フィレンツェ行きといい、事前の
綿密な計画はなかったんですね。ある意味強烈過ぎるんですが。

でも、フィレンツェ行きはヤマザキマリさんの人生を更に変えていく
新たな出会いがあるのです。

 恋に落ちた相手は詩人

フィレンツェで美術を学び始めたヤマザキマリさん、学生がシェアする
アパートで暮らし始めますが、そこで隣に住む4歳年上の大学へ通う
詩人と出会い恋に落ちます。

美術学生と詩人のカップルってドラマチックな展開がありそうですが、

その詩人、優秀で直感力にも長け、知識・教養の深さも並大抵の人じゃ
なかったそうです。日本文学にも精通していたというからヤマザキマリ
さん秒殺だったかもしれませんね。

残念ながらこの詩人は愛情とは裏腹に大変な極貧生活をヤマザキマリ
さんにもたらすことになります。

文学青年の弱点か?生活力がない上に全然働かない。結局生活は
ヤマザキマリさんに送られてくる仕送りの5万円だけ、電気ガス
水道のインフラも全部ストップされたといいます。

それでも、詩人を養うために健気にバイトに明け暮れる生活を送り、
詩人の彼の作品集の出版もヤマザキマリさんが稼いだそうです。

でも、1000冊も作った本も売れたのは3冊だけ・・・

ヤマザキマリさん、27歳で妊娠したことが分かり先に待ち構える
更なる貧困に悩むことになります。

そして下した判断が、詩人と子供の2人を養っていくのは私一人の
力だけでは無理。

そして、出産を契機に詩人と決別することになります。

詩人と別れるころには、家事道具すらなく、本当の極貧生活だった
そうです。

 35歳で結婚した相手とは

詩人と別れ、生まれた男の子(名はデルス)とともに平成8年日本へ
帰ったヤマザキマリさんは、育った北海道で大学のイタリア語講師や
地元テレビ局でレポーターやラジオパーソナリティなど、できること
は何でもやられたそうです。

どこまでポジティブな方なんでしょうね。

そんなヤマザキマリさんには、またまた人生の転機が訪れます。
彼女が35歳、息子のデルス君が7歳の時に、イタリアの陶芸家マルコ
爺さんの孫で14歳年下のぺッピーノさんからプロポーズされます。

マルコ爺さんとは14歳の出会いの時からずっと親交があったようです。

ペッピーノさんは当時21歳の大学生で研究者を目指していたそうです。
古代ローマやイタリアの歴史にとても精通している方で、

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ヤマザキマリさんが2010年にマンガ大賞や手塚治虫文化賞短編賞
に輝き、映画にもなった『テルマエロマエ』を描く上で大きく影響を
与えた方だそうです。

ヤマザキマリさんが14歳の時に、ぺッピーノさんのおじいさんマルコ
さんと出会っていなければ、映画『テルマエロマエ』も存在しなかった
ということですよね。

何かとてつもないご縁をかんじますね。

 まとめ

900万部を超える人気漫画となり、阿部寛さん主演で大ヒット映画
にもなった『テルマエロマエ』の作者である、漫画家のヤマザキマリ
さんについて、その半生が強烈過ぎるというタイトルでまとめてみました。

売れっ子漫画家の他テレビ出演など超多忙のヤマザキマリさんは、
文学の研究者として世界中を駆け巡る夫のペッピーノさんと、
これからも世界中を回る旅を続けていかれるのでしょうね。

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